取材日和:The Terminal Kyoto
取材日和:The Terminal Kyoto

作家インタビュー

大西 巧

Satoshi Onishi

和ろうそく作家

Japanese candle artist

日比 暢子

自然と人のあいだ

和ろうそく

:本日は宜しくお願いいたします。 大西さんの作られたろうそくを燃焼させると、その場にある空気が波のように柔らかく揺れたように感じられました。 この波が私にとってとても心地よいと思ったんですね。 例えばエアコンの風と自然の風ではやはり自然の風の方が心地良いし、同じあかりでもろうそくと、照明とではろうそくの方が心が安らぎます。 これはなんでだろうと考えたときに、そこにムラが発生するからだと思いました。リズムといってもいいかもしれませんがろうそくを作っているのは人ですし、人が作れば当然均一には作られず、多少の差異が生じると思うのですが、そのムラが私にとって心地よく感じる要因なのかなと思いました。 自然の風にしても一緒で、一定には吹かないですよね。地形や障害物があるからムラが生まれて、そこに心地良さを感じるのかなと。 大西さんとしてはどういう違いを感じていますか。

 

大西:ろうそくは電気照明の代わりだった時代がありましたが、僕が生きている間には体験したことは一度もありません。空調や照明のようなインフラは、ある程度自分たちで温度の設定や明るさがコントロールできる一方で、自然にある風やろうそくの灯は、私たちがコントロールできる範囲外のもの、思い通りにいかないものなのでこれをそのまま受け入れることに心地良さを感じられるのかもしれないですね。

 

:必需品として闇を払うのに使われてきたものが、今ではセレモニー的な役割にシフトしたような気がします。 大西さんが新しく作られた「hitohito」というブランドが、これからは違うものを作っていくんだという宣言に思えたのですが、大西さんの中でそのあたりを意識されていましたか。

 

大西:台所でさえ火がないという状況がものすごいスピードで普及していて、あっという間に僕らの手元から火が消えてしまう状況をとても危惧しています。 そういう激流の中において、火と人の関係というものを絶やしてはいけないという思いがありました。

 

:確かに火とは切っても切れない関係で、人間の歴史を語る上では外せない部分です。 大與さんのホームページに千利休の句で、「ともしびに陰と陽との二つあり暁陰に宵は陽なり 右の手を扱ふ時はわが心左のかたにありと知るべし」という言葉を挙げられていますね。 私もとても好きな句なのですが、なぜこの句を選ばれたのでしょうか。

 

大西:谷崎潤一郎さんの著書の中でろうそくの醍醐味は暗闇を作ることにあると言ってるんですよ。つまり波の向こう側にある何かを想像するとか、そこに畏怖を感じることにこそ醍醐味があるという言い方をしてるのがひとつです。 僕が思うのは陰と陽というのは、なにかを考えるときにどちらかに偏ってしまうので、常にバランスを意識したいのです。世界が極端な電化に向かっていくなかで、火という相反するものを意識していないと、とんでもないことになるなと感じていました。 火と水というのも調べていくと面白くて、右と左それぞれが水の「み」であり、火の「ひ」が語源にあることとか、火は縦に伸び、水は横に広がるとかそういうことを色々な書物から拾い上げていくと、いかにこの2つの要素が大事なのかということに気付かされます。 ろうそくというものも芯だけとか、蝋だけではだめで、芯と蝋があって、しっかり燃える。火がついて上の蝋を溶かして、その溶けた蝋を芯が吸い上げて燃える。ダラダラ溶けていくだけのろうそくもあるけれど、それは蝋は溶けているけど、芯が吸っていないから蝋が余って外側に垂れる。つまりはバランスなんです。 僕らが作るうえでどうバランスをとるかを常々意識しようということから利休さんの歌を引用させてもらいました。

 

:確かにろうそくは闇を払うものかもしれないけど、逆に点けることで闇を意識させるというか。 私も谷崎さんの小説が好きで、『陰翳礼讃』の中で、日本建築の中で一番好きなところは厠であると書いておられる。不浄な場所だけれども、蚊の呻りすら耳につくほどの静寂さが重要であるとしています。加えてある程度の薄暗さと徹底的な清潔さを求めています。 漱石先生がトイレに行くことを楽しみにしているというエピソードも面白くてとても好きです。(笑)

 

大西:ポジティブな意味で変態ですよね。(笑)

 

:ですよね。(笑)でも当時の人たちは、よく分からないもの、畏怖すべきものをもっと身近に感じていたと思うし、それを好ましくも思っていた部分もあると思うんです。 そういう世界では感覚を研ぎ澄ませていないと命の危険につながる。 人間の形って円ではなく襞になった部分や棘の部分があって、これが感性であり個性だったんだけれど、そういったものを排除することで、表面がつるんと均されてしまっているような気がするんですよね。 その方がケガもなく安全なんだけど、なにも引っかからなくなる。

 

大西:まぁね。でも現代人が感性を失ってるとはあまり感じないんですよ。ただ、その感性を発揮する対象や場所を排除してきたから、感じられるところがないだけで。 どう僕らが言葉を駆使して、そこを考えてもらえるかっていうことが、僕の仕事だと思いながらやらさせてもらってます。

 

:確かにそういう発揮する場所が無くなっていく事は残念に思います。でも社会が発展することは否定するつもりはありません。私も喜んで享受している側ですから。 でも今までの文脈を断ち切って、いきなり関係のない新しいものを接ぎ木みたいにくっつけるのはすごくもったいないと思います。 昔の人が知恵を持っていかに普段の生活を豊かにするかということに長い間苦心してきた結果が建物であったり道具なので、その流れを断ち切って違うものをくっつけることは大きな損失です。 ザターミナルキョウトの活動って雑な表現になりますがそういう知恵や工夫に気づきましょうよっていう活動だと思っていて、ああいう場所を残すことでそこを訪れた人が、新しいアイディアの種を生み出したり、新しい発見につながる場所になればいいなと思っています。 ターミナルという名前のように物や人が集まり交差していく場所になれば、私たちの活動も価値があるなと思っています。

 

大西:とはいえ伝統は残さなければという使命だけでは残らないんですよ。 ろうそくを僕はずっとやってきましたが、それだけでは広がりません。 とてもニッチな世界で生きるしかない。だからこれを使って、自分の暮らし方や考え方、そして社会がどうなってほしいのか。 社会に対して責任を持って物を選んでるかとか、そういうある種の熱量がないと使い続けてはくれないと思っています。そして、その使い手の姿を作り手が想像できているか、はとても大切な気がします。 和ろうそくを言葉で表現できる良さ、表現できない良さというところも含めて伝えられるようになって、初めて使う人も心地よく使ってくれるようになるんじゃないかなと思います。

 

:昔の人にとってろうそくを使用することは普通のことだし感動するようなものでもなかったわけですよね。それが今では使用すると心が落ち着いたり感動したりするのはろうそくそのものが変わったんじゃなくて、私たちの捉え方が変わったからなのかなと思うんです。 これは素晴らしいことだと思っていて、そういうふうに変化しないと社会から退場するしかないわけですよね。 そのなかで違う価値観を見出していったわけですから。 違う価値を見出すことは、人間らしくてとても良いなと思います。 じゃないと森だって無くなってしまいます。 純粋に酸素を供給していますとか、空気浄化してますだけではない何かがあるからそこに心の安らぎを見出しているわけで。 だからいつでも自分たち次第というか。 大西さんのなかで豊かな生活について具体的なイメージはありますか。

 

大西:僕の中では多様なものが多様であり続けることだと思っています。 これはみんなが好き勝手自由にやっていいということではなく、あらゆるものに気を使いながら、やさしさと思いやりを持って、ほかの存在を認めて大事にすることだと思っています。 自然界のありとあらゆるものを尊重しながらですね。そうすると僕たちも優しくないとできないし、人間以外の物は言葉もしゃべれないわけで、そういったものに耳を傾けることでいろんなものが魅力的になっていくのだと思っています。

 

:その声に耳を傾けられるかどうかがすごい重要ですよね。

 

大西:自然はそうやって成り立っているんですよね。人間のやさしさや想像力で成り立っている側面がありつつ、人間が入っていくことでバランスが崩れることも多い。

 

:不思議ですよね。人間だって自然の一部なのにいつも対立軸になってしまう。 でも大西さんのろうそくは人工物ですけど、すごく自然物に感じます。 ろうそくとの接し方って植物たちとの接し方に似ているよう思えるんですよね。

 

大西:盆栽みたいな感じ。(笑)

 

:そう。(笑)

 

大西:やっぱり自然の世界と人間の世界があって、重なる部分ではそういう風に感じるんですかね。 もう丸々自然の中で暮らすことは無理じゃないですか。逆に丸々人工物の中だと僕らの人間としての機能が必要なくなってしまう気がします。動かなくても、考えなくてもよくなる世界がもうそこまで来てる。能動的になる必要が無いというか。 そういう意味ではろうそくが残っているおかげで、火に気を使わなければならず、「能動的であること」を担保できるのではないかと思います。ろうそくにはそういう側面もあるのかな、と。

 

:まさにそうですね。結局建築も、夏は暑く冬は寒いのが当たり前ですけど、今は環境をコントロールしようとしている。もちろんそれで手に入れたこともたくさんありますが、同時に失ったものも多い。ですのでこういった形で家の中にコントロールしきれないものを持ち込むというのは、疑似的かもしれないけれど自然を感じられる良いツールだなと思います。

 

身近な状態を作ること

 

大西:この燭台、うちのオリジナルで作った新作なんですけどどうですか。

燭台

:かわいいですね。

 

大西:ありがとうございます。これは僕も結構気に入っていて。 BAOBAOみたいでかっこいいでしょ。(笑)

:*BAOBAO(笑)  *三角形で構成される革新的なISSEY MIYAKEのバッグ。

 

大西:ぽいでしょ。(笑)

 

:ぽいですね。これ今年の新作ですか? あっ、結構重たい。

 

大西:真鍮の塊なんでね。

 

:ある程度重さがあったほうが安定しますね。

 

大西:やっぱりこういうのが揃ってくるとテンションが上がりますよね。

 

:あがります。火消しと芯切りばさみと一式揃えたくなります。 こういったシリーズは大西さんが始められたんですか?

 

大西:そうですね。シリーズ化はしていませんが『灯りのまわり』と呼んでいます。ろうそくだけ買っても、ひきだしのなかに仕舞われちゃうけどこういうものがあると、使用時以外ずっとテーブルに置いてもらえるかなと思います。 結局は周りの物との調和だから置いておいてもらっても違和感なく、生活の中にしれっと紛れ込んでしまうように。(笑) デザイナーさんとは、それを特に強く共有して、『灯りのまわり』つまり、ろうそくを使う使い手の環境の整備をしていきました。

 

:確かに、これが無いと完全に仕舞われますね。 彼らがちゃんと引っぱり出してきてくれる。例えば買うことで満足したりとか、パッケージに入った状態を眺めるのがうれしいとかじゃなくて、こういったかたちで空間の中に入り込んだ状態をいかに作りだせるかという所ですね。

 

大西:うちが積極的なワークショップを辞めたのもそこが理由です。 たとえばお盆の前とかにしかやらないことが多いですし、そもそも自分で作ったろうそくって火を点けてもらえないんですよ。愛着が沸きすぎて。

 

:分かります。

 

大西:それだったら自分で作ったやつを誰かのためにお供えする。火をつけて手を合わせるっていう他者のためのシーンを用意してあったほうがいいなと思います。 それなら自分でつくる意味があるなと思います。 でも、やっぱりろうそくは火を点けて対峙して初めていいものだなと感じるのかなと。

 

いまの大與を形作るもの

大西巧

:身に着けている物で1,2点お話いいですか。 服はお好きですか。パンツはISSEY MIYAKEですよね。

 

大西:下はそうですね。楽なんですよ。これはいたら他のパンツ履けなくなります。

 

:私にとって服を選ぶ基準は自分の中の許容ラインを超えてきてくれるかどうかを大切にしているのですが大西さんにとってISSEY MIYAKEを選んだ理由はなんですか?

 

大西:許容ラインとかはないんですけど純粋にいいと思ったものを選ぶだけかなと思います。 僕がISSEY MIYAKEを好んで着だしたのは、40歳になってからなんですけど。好みというのは、いろいろ変わりますしね、体型も。(笑)

 

:手に取ったきっかけは何ですか?

 

大西:友達が履いててめっちゃ気持ちよさそうだったんですよ。それで試してみたらすごい良くて。シャツとかは知人が作ったのを買ったりしますね。 コミューン(COMMUNE)というお店が彦根にあるんですけどとてもきれいな仕立てのシャツを作っています。

 

:シャツはお好きですか。

 

大西:シャツはスタンドカラーばかりですね。襟とネクタイが苦手で。

 

:分かります。ジャケットを着なきゃいけない時でもスタンドカラーだと様になりますしね。 掛けている眼鏡もすごくかわいいですね。

 

大西:眼鏡はJacques Durand(ジャックデュラン)というブランドで、京都のOBJ(オブジェ)で購入しました。 そこでは世界中のブランドを扱ってるんですけど、たまたま手にとったメガネがこれでして。それで「これいいなー」と思ってたら、店員さんが、「それ坂本龍一さんと同じやつですよ」って教えてくれまして。前にかけてたやつも、Oliver Peoples(オリバーピープルズ)だったから、勝手に坂本龍一さんにシンパシーを感じています。(笑)結構気に入ってます。

 

:よくお似合いです。(笑) 着ているものや身の回りにあるものがどうアウトプットに影響を及ぼすのかということに興味があります。 大與さんは老舗ですが、現時点で流通しているろうそくは大西さんが作られている訳ですから、その方の個性が出るはずなんです。まったく関係が無いということはないと思うんですよね。

 

大西:なるほど、そのアプローチは初めてです。面白いですね。

 

:結局大西さんも個人単体で成立しているわけではなくて、いろんな影響を受けて今があるわけですから。 先ほど波と表現しましたけどその波がイコール大西さんなんだなと思えたんです。 だからそのあたりを少しお聞きしたかった。 結局内面が外に出るだろうし、外面が内に出るでしょうから。

 

大西:それでいうと、普段使ってるものの中で納得してないのは車です。

 

:今欲しい車があるんですか?

 

大西:バイクですかね。

 

:どんなバイクですか?

 

大西:息子が小学生なんですけど、後ろに乗せてほしいって言われてて。 それで彼と一緒にハーレーに乗りたいなと思っているんですけど。

 

:ハーレーに乗っている人が作ったろうそくってかっこいいですね(笑) ほかに興味があるものでいうとどんなものがありますか。

 

大西:サウナを作りたいなと思ってます。

 

:サウナですか?

 

海の外から日本を視るということ

和ろうそく

大西:サウナの本場フィンランドでは、湖のそばにサウナがよく作られていて、水風呂の代わりに、湖にドボンっていうスタイルなんですよ。 前から、滋賀県って、フィンランドに似てるなーと思っていて、特に湖西地域は、森と湖が近いので。サウナ付きの施設を琵琶湖のほとりに作れないかなーって。スポンサー募集中です。(笑) 話変わりますけど、実はフィンランドってろうそくの消費量が世界一位の国なんですよ。

 

:そうなんですか。

 

大西:土地のめっちゃ広いところに兵庫県の人口と同じぐらいの人しか住んでいないんですよ。ほとんど森ですから。それなのに世界一ろうそくを消費してるってすごくないですか。

 

:初めて知りました。

 

大西:フィンランドへは10年ぐらい前に初めて行きました。そしたらね、あらゆる場所にろうそくが売っていたんです。こんなに生活に浸透してるんだと感動しました。全然市場規模が違いました。環境に対する意識も非常に高い。そういうところを見ていると肉体に受ける感覚というのは変わってくるのかなと思います。とにかく日本で火が使える場所っていうのを作りたいと思っています。だからサウナじゃなくてもいいんですけど。

 

:皆さんどういったシーンで使うんですかね。

 

大西:もちろん夜過ごすときとかにも使うんですけど家の中をより豊かにしたいという発想が強くて、それが北欧家具の洗練につながっていったのかなと思います。 日本も家にいなければならない時間が長くなってきたので、そういう動きが生まれるかとも思ったんですけど。 お花やアート作品が売れるようになったりとかはしているみたいなのでそこまでは来てるんだなと思いました。

 

:私もこの状況になってからお花の定期配送サービスを受け始めました。 やっぱり家に自然物が欲しくなります。生命をしっかり感じられる存在があるって大きくて。京都の知り合いから毎月、和花を送ってもらっています。卒業式などが全部なくなってしまったからお花の需要が減ったとか。最初は支援目的で始めたんですけど、いまは全然感覚が変わってきましたね。 フィンランドでも和ろうそくって受け入れられる素地はありますかね。

 

大西:全然あると思いますよ。説明の仕方次第なところはありますけども。 それでいうと僕、2019年の秋冬にアメリカを横断して営業しているんですよ。

 

:へー!すごい!

 

大西:10日間ぐらいかな。ロサンゼルスへ行って、モンタナ、ノースキャロライナ、最後にニューヨークから帰るみたいな。全然行けなかった都市もあるんですけどね。全部で10件以上まわってきて、ほぼ全部のところが買ってくれました。行ってからは海外の売上は5倍以上になりました。

 

:飛び込みで行ったんですか?

 

大西:いや、予約して会いに行きました。 2020年の3月からはヨーロッパを回る予定だったんですけど、コロナで中止になってしまいました。

 

:それは残念でしたね。でも受け入れられていくのは嬉しいですよね。

 

大西:刺激的でしたよ。また行きたいです。

 

:面白いな。そういう活動は大西巧さんの代になって初めてですよね。

 

大西:そうですね。海外用のホームページを作ったりパンフレットを作ったりして準備をして、その間にいろんな仲間を入れて、大体1年半ぐらい時間をかけて、満を持して行ったんですけどもっと周りたかったという感想です。

 

:なるほど。今後の動きが楽しみです。 今日はお仕事の話からプライベートの話までたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました。

 

大西:ありがとうございました。

和ろうそく