

作家インタビュー
明主 航
Wataru Myosyu
陶芸作家
Ceramic artist

偶然性を楽しむ

特徴的な作風が生まれる背景を探るために、亀岡駅からほど近い場所に昔ながらの町家を改装した工房を構える明主航さんを訪ねました。
:本日は基本的な話をお伺いしながら、明主さんのお考えをお聞きかせいただければと思っております。よろしくお願いします。 まずは陶芸を始めたきっかけを教えてください。
明主:きっかけは小さい頃の習い事でした。 母が陶芸に興味があり、4歳のころから母と一緒に近所の陶芸教室に通うことになりました。 最初は遊び感覚でしたが、いつしかひとりで行くようになって。 他にも習い事はしていたんですけど、なぜか陶芸だけが続きました。 陶芸はすぐに大きいものを作れるわけではなく、ひとつひとつ時間をかけて作っていくものなんだと強く感じました。
:なぜ陶芸だけが続いたのでしょう。
明主:自分も作ってて楽しいし、母や祖母が器を作ると喜んで使ってくれた事が小さい頃から嬉しかったのを覚えています。 それが続いた理由でしょうか。 京都精華大学へ進学することになるのですが、 大学の時はオブジェを作っている人も多かったんですけど、僕はオブジェっぽくあっても実際に使ってもらえるものを残そうと思って取り組んでいました。
:近くに陶芸教室があったというのは大きな要因ですね。
明主:地元の亀岡に陶芸教室があり、習い事としてとてもやりやすかったです。
:それにしても陶芸に関わっている年数は長いですね。
明主:僕のなかでは月に1,2回ほどしか行ってなかったのですがよく続いたなという感じです。 本格的に勉強したのは大学からで、卒業後は週に1~3回、作家さんのアシスタントについていたので、そこで現場でどういう作り方をしているかを学んで自分に取り入れていきました。 最初は大学の先生で、「手伝いに来れるか?」と誘っていただいたのですが、毎回の仕事が違うものでとても刺激がありました。
歴史が紡いだ縁
:明主さんの作品は本当に特徴的な意匠ですが、どのようなものから影響を受けたのでしょうか?
明主:大学の先生の作品もとても好きでしたが、もっとも影響を受けていたものは、時間が経過した陶器や建築なんですね。いつも建物の土壁の感じや装飾的なものに目がいきます。木や土や石を加工しどうにか工夫しながら使えるよう住めるようにしていく、人と自然が共存している感覚に惹かれるものがあります。この工房は築85年ですが最初にこの建築に触れた時にそういった感覚を覚えました。

:ここは生まれ育った家ですか?
明主:元々は地元の亀岡にて工房を借りていましたが2019年に移ってきました。
:壁の色が素敵ですよね。明主さんの作品のようです。
明主:中塗り仕上げと言って普通はこの上に漆喰を塗って完成なんですけど、僕はこの土の感じがすごく好きで。 なので藁も多めに入れてもらって。土肌が見えるようにしてもらいました。 経年変化でどんどん色も抜けていくので、その変化も楽しめます。 僕自身の作品も、土だけで作っているので、経年変化していきます。 空気を吸っているというか、時間を止めずに朽ちていくような感覚がとても好きです。 だから土だけで作ることが自分には向いてるのかなと思います。
:いつからこういった作風に変わっていったんですか?
明主:釉薬を使って作品を作ることもあったのですが大学の3回生の頃から徐々に今の作風に変わっていきました。 生地を成形した状態のものを焼く前に水に入れて溶かすのです。
:成形した状態のものを?
明主:成形した後に白い土や黒い土を塗って一度乾かしてから焼く前に水の中に入れます。そうすると一部が剥離していくんですね。 その剥離したところから成形した生地土が見えたり、残ったところは焼成したときに収縮率の違いでひび割れのようになります。そういった自然現象を利用したやり方で制作しています。
:面白いですね。
明主:コントロール出来るところとコントロール出来ないところをわざと作るっていうことなんです。
:なるほど。化粧の土を水に入れることで自然と剥がれていく。その表情がそのまんま出てくるという。
明主:自分で削るとどうしてもわざとらしさが出てしまいます。自分ではコントロールできないような感覚で何か作れないかと考えたときに、水で溶かすという手法を選びました。
:剥がれるところと剥がれなかったところとどういう性質の違いが生まれているんですかね。
明主:塗る時の不均一さからくるものです。
:意識をしているわけではなく?
明主:そうですね。 後、形状にもよります。水を吸うのって角からだったり形状によって溶け方が違ってます。ほかには生地の厚さだったりなど条件が違う事によって溶け方が変わります。だから毎回毎回、塗った土を水で溶かす際、残そうと思っても残らなかったり、もっと土を溶かしたいのに溶けなかったりとか。そういう偶然性を用いた作り方ですね。 生地でも、鉄分が多く含まれていたりすると見え方も変わります。 また今はこういう模様を入れたレリーフを作っています。

:きれいな色彩ですね。
明主:白い化粧土を使っています。 自分で調合したものがベースにあるのですがそこに例えば鉄分を添加して黒くしたり、後は原料の土をそのまま溶かしたものを塗ったりといろいろですね。だから色が入ると結局、溶けることによって混ざる部分だったり偶然に出来た色合いがそこで生まれたりもします。そういったものが見られるのも面白いです。単発的に白だけのものもシンプルでいいのですが、色が様々入ったものは、溶け合うことによって見え方が変わったりします。 また模様を入れることによって、意図も感じてもらいやすいかなと。
:自然の成り行きに任せる部分と、作り手の意図を込めたい部分と。それがちゃんと一つの作品の中に混在してて、人間的な作品だなと思います。つまりそれを完全にコントロールしようとしたのが工業製品じゃないですか。工業製品と偶然性の中間より少しだけ偶然寄りというイメージがすごくあります。
明主:僕自身もその間のあたりがすごく好きで。自然なもので作ってるからこそやっぱりできないことってたくさんあったりするんで、そこをどうクリアしようかっていうところはすごく人間らしい発想だと思っています。 溶かしていく時なんかも、これどうなっていくんだろうとか、僕自身が見られることが制作している時の楽しみですね。
:なるほど。時代に逆行してるというか。 その部分をコントロールしたいのが人間の性なのに。 子どものようですね。子どもって、こういうふうにしなさいとかああいうふうにしなさいとか言っても絶対そうは育たないじゃないですか。こういう道があっても外れて行こうとするし、コントロールできない。 でもそっちのほうが結果的に良かったりもするし。
明主:綺麗に作ること自体はたぶん他の人が担っているので、僕がそこを目指さなくてもいいのだと思ってます。あと土を使っている分、なにか遊び感覚がないと作っていても面白くないと思っています。

明主:実は亀岡も良い土が取れる産地なんですよ。
:そうなんですか?
明主:平安時代は須恵器の産地だったんです。
:明主さんの作品のルーツを知った気がします。 だって明主さんの作品も、「採掘したものです」って言っても不思議ではないですよね。
明主:言われる時もありますね。「どこで採ってきたんですか?」って(笑) 僕自身もやっぱり古い物の形などからインスピレーションを受けていたりします。それは日本に限らず世界各地に陶器ってあるんで、そういったものや他の素材なら銅や木工にも影響を受けたりしました。
:確かにこのレリーフも西洋らしさが出てたりしますもんね。 そう思うと不思議ですよね。 なんか日本的というか東洋的なもののなかにすごく西洋のエッセンスが入っているというか。
明主:そうですね。 海外の模様だったり作り方だったりにはものすごく興味があるので、作品に取り入れていきたいと考えています。
:ルーツは動かしようがない。目の前にある作品は生きるという過程から、生まれたものであるから、そういう点ではコントロールできないですし。
明主:僕自身はよかったなと思っていて、海外の方に見てもらった時に侘び寂びであったり風化していると感じたりする方が多く、そういう見方もあるんだなって。
:風化ですか。確かにそうですね。
明主:海外の方はそういった感覚で手に取っていただける方が多いです。
:新品なのに何故か古さを感じる。なんででしょうね。全部新しいものなのに。 なんで、人はそれを見て古いと感じるのでしょう。
明主:僕の中では水に入れるという行為が、時間を早めてる感覚があります。 風化は長い時間を経て徐々に形を変えていきますが、それも弱いところから朽ちていきます。 僕は水で溶かすことにより早めているという感覚なのです。 溶けていく状態とか溶けていくポイントの予測不可能性に面白さを感じています。
:水に入れることで時間を早める。そう考えると水って不思議ですね。 命も与えるし、それが命を奪う。
明主:制作において土も火も水も使うので、どうにか自然のものでなんとか作ろうって思うんですよね。 模様を入れるのが楽しいのは、自分の意思や意図を作品の中に入れたいという思いもあります。 僕、絶対線入れたくなるんですよね。(笑) 作り手の意思や痕跡が見えるのが面白いなと思って、僕も普通だと綺麗にするところや整えれば消えるところも残しますね。

明主:元々、大学の助手の方に「水で溶かして作る人がいるけど、興味があるんじゃないか?」って言われたのがきっかけです。 最初はピンとこなくて、やり方を調べても全然出てこないので自分で一回溶かしてみようって思って始めたのが最初です。 形を作ってから溶かすので、土を盛って溶かすとどうなるだろうとか、色を混ぜ合わせてそれを塗り分けたらどうなるだろうとか、ちょっと実験的な感じで作っていったのが今の形です。
:焼き方も実験されたんですか?例えば、野焼きでやってみたりとか、穴窯でやってみたりとか。
明主:そうですね。野焼きでも焼いたことがありますし、登り窯でも焼かせてもらったりもありますが、その時々でやりたい焼き方を変えていけたらなと思っています。 水に入れることで溶けすぎたり全然溶けなかったりコントロールができずに、リスクもあるのですが、だからこその面白さを感じています。
:科学が進むと「よく分からない」ものが無くなってしまうじゃないですか。 例えば幽霊とか神秘的なものとか。 昔の人はより想像性を働かせていただろうし、それがあるからこその多様さというものがあったんじゃないかと思うんですけど、そういうのもできるだけ排除することで夜も安心して歩けるっていう世界を作ってきた事実があるので。 かつては向こう三軒両隣という言葉にある通り地域住民が助け合って維持していたわけです。 これは良いシステムのように見えますが一方でそのネットワークから外れたものに関しては非常に居心地の悪いことになります。 今であればインターネットがあるし、住居の安全性も高まって近所に頼まなくてもなんとか生きていける。そういう安心安全を選んだ結果、特異性のあった街並みが崩壊し、マンションが乱立し同じような景色の世界が生まれた。 これは自分たちが望んだ世界でもあるのではないかと。 新しく変わっていく事は賛成ですが、ひとつ残念に思うのは過去の文脈を無視して上書きすることが平気で行われていることだと思います。
明主:それはそれでなにか空虚だなって感じますよね。(笑) 僕自身も古い建物を工房にして使っているので、やっぱりそういうところの必要性を強く感じますね。
進化する作品と支える道具たち

:先程のレリーフはいままで作られてきたものと違う匂いがしますが、作風に変化が生まれてきたのは何故ですか?
明主:これはどこかのピースだったのかな?など連想させるように作ってますね。 水で溶かす方法に面白さを感じつつも自分の中で単調さを感じていたところもあったので、自分の意思や自分がどういったところに興味があるかを伝えられるように出来ないかなと思って作りはじめました。
:ヨーロッパにある教会や広場の古い床みたいですよね。
明主:そうですね。ただ、何かを見て真似たのではなく、自分がここにこういう模様があったら面白いかな?という思いで入れていきました。 自分の中にある、自分が見てきたものや良いなと思った感覚が混ざりあった感じですね。 壁に埋め込んだり、そのまま置いたり。 料理を盛り付けても良いですし。
:料理か。良いですね。
明主:例えば台湾茶だったら、提供するカウンター代わりとか。
:面白いですね。これ取り扱いたいな。
明主:壁掛けにもしたいなとも思っていますが、使う人に見立ててもらえたら嬉しいです。
:では次に制作の流れについて教えてください。 道具はどのようなものがありますか?
明主:道具は様々ありますが作りたいものに応じて道具を使っています。 自分で作ったりもします。 これは購入したものですが自分で形を組み替えて作りました。 道具も最終的に自分で作ってる感じですね。 これも道具になりますし。

:これも道具なんですか?
明主:これ壺ですか?って言われるんですけど、轆轤の高さを出すために作りました。壺や器を削るのに上部に嵌めて使ってます。
:これもご自身で作ったんですね。
明主:そうですね。 焼成後も作品は全て砥石で研磨しています。
:全て研磨してるんですか? 研磨するの大変ですよね。
明主:全部です。焼いた直後は表面が粗いんで。

:全然仕上がりが違いますね。
明主:触ってもらったら全然違うんですよね。どれくらい削るかによっても風合いが違ってくるので削ってる時も制作に近いです。 手触りなど考えて砥石で削った後に、電動工具などでさらに磨いていくんですよね。
:それは大変だ。
明主:そうなんです。 ただ、家具など人が使っていると艶が出たりするじゃないですか。削っていくと滑らかになっていくこともそれに近い感覚があります。 量があると大変ですけど。(笑)
:そうですね。同じものを何個もっていうのは流石に。
明主:好きな行為なので、僕の中では結構重要だと思います。
:明主さんが好きだというのはなんとなく分かる気がします。(笑) 本日は貴重なお時間をありがとうございました。